翻訳:陳 長宇
修正:須崎 孝子
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
梵浄山(ぼんじょうざん)は、貴州省銅仁市の印江県・江口県・松桃県の三県境に位置する名山である。その最高峰・鳳凰山は標高2,572mを誇り、信仰の対象とされる老金頂(2,494m)や新金頂(紅雲金頂、2,336m)などの霊場を擁する。雲貴高原が湖南西部の丘陵地帯へ移行する要衝にそびえ、烏江と元江の分水嶺をなすとともに、貴州・重慶・湖南・湖北にまたがる武陵山脈の最高峰でもある。その地質はおよそ10億~14億年前に形成されたとされ、悠久の地球史を体現している。
山域の総面積は567㎢に及び、主な保護対象は原生林生態系と、そこに生息する希少な動植物である。特に有名なのは、中国特有の霊長類である貴州金絲猴(キンシコウ、Rhinopithecus roxellana brelichi)で、孫悟空のモデルとなったとも伝えられる。現存個体数はわずか800匹前後と推定され、「地球の一人っ子」とも呼ばれる極めて希少な種であり、国家重点保護動物に指定されている。そのほか、華南虎や中国大サンショウウオ、ハンカチノキ(Davidia involucrata Baill.)など、多様な保護対象が確認されている。
森林被覆率は95%に達し、2,000種を超える植物、31種の国家保護植物、801種の動物、19種の国家保護動物が記録されていることから、梵浄山は「地球のオアシス」「動植物の遺伝子バンク」「人類共有の貴重な遺産」と称されるにふさわしい。
梵浄山 ― 世界自然遺産と仏教聖地
梵浄山は2008年6月30日に「中国十大避暑名山」に選定され、中国有数の弥勒菩薩の道場として知られている。また、ユネスコの国際計画である「人と生物圏(MAB)計画」の保護区ネットワークにも登録されている。さらに2018年7月2日、バーレーン・マナーマで開催された第42回世界遺産委員会において、世界自然遺産リストに正式に登録された。同年10月17日には、国家AAAAA級観光地および国家級自然保護区に認定され、その自然的・文化的価値の双方が高く評価されている。
梵浄山は、中国西南地域において2000年以上の歴史を有する文化的名山である。春秋戦国時代には楚国の「貴州中地」に属し、秦代には「貴州中郡」、漢代には「武陵郡」に編入された。以後、この山は「武陵蛮」(漢代における武陵郡の少数民族)が信仰する神山・聖山として崇められてきた。文献上において梵浄山が初めて記録されるのは漢代で、『漢書・地理志』には「三山谷」として登場する。
明代に入ると、仏教がこの地で大いに隆盛し、多くの寺院が建立されたことで山全体が「梵天浄土」と見なされ、「梵浄山」と呼ばれるようになった。「梵浄」とは「仏教浄界」を意味し、その名称自体が宗教的聖性を帯びている。今日に至るまで、梵浄山の名声と文化的発展は仏教信仰と密接に結びついており、中国五大仏教名山の中で唯一、弥勒菩薩の道場として位置づけられている。
中国仏教協会の一誠大師(元会長)は梵浄山を「弥勒道場」と命名し、学誠法師(元秘書長)は「梵浄山は中国で五番目に位置づけられる仏教名山である」と述べている。すなわち、山西省の五台山(文殊菩薩)、四川省の峨眉山(普賢菩薩)、安徽省の九華山(地蔵菩薩)、浙江省の普陀山(観音菩薩)と並び、中国仏教五大名山の一角を占める聖地である。
梵浄山の景観と宗教的象徴
梵浄山の景観は「原始の洪荒」にたとえられる雄大さを備え、雲瀑(うんばく)、禅霧(ぜんむ)、幻影、仏光の四大気象現象によって神秘的な趣を一層深めている。主要な景観としては、キノコ石、紅雲金頂、月鏡山、万メートル寝仏、観音滝、九竜池、鳳凰山などが挙げられる。
仏光現象
「仏光(ブロッケン現象)」は、梵浄山における最も神秘的な自然現象の一つである。朝日が昇る時や夕日が沈む時、観光者が雲海や霧の上に立つと、自らの影を中心に七色の光輪が現れる。この現象は宗教的には「仏の加護の象徴」と解釈され、霊験あらたかな体験として巡礼者を魅了してきた。統計によれば、梵浄山は中国の名山の中でも仏光の出現頻度が最も高い場所の一つとされている。
紅雲金頂
紅雲金頂は梵浄山の核心部に位置する象徴的な景観であり、垂直高差はおよそ100メートルに及ぶ。頂部は二つの巨岩に分かれ、それぞれを歩道橋で連結している。両方の岩上には寺院が建てられ、一方には釈迦如来、もう一方には弥勒仏が祀られている。この配置は「現世の仏陀から未来仏への継承」を象徴するものであり、仏教思想における時代的転換を示唆している。
また、紅雲金頂の周囲にはしばしば瑞兆とされる紅雲が立ちこめるため、この名で呼ばれている。絶壁の上に二つの殿堂が並び立つ姿は、南宋期の白蓮社が唱えた「人間浄土」思想を体現したものとされ、中国仏教の聖地形成史においても稀有な事例といえる。
梵浄山
梵浄山は、夏は酷暑がなく、冬も厳寒に至らず、また空気が乾燥せずに四季を通じて風砂の影響を受けない温和な気候を有しています。年平均気温は15.3℃で、最も暑い7月下旬の平均気温は約24℃、最も寒い1月上旬でも平均4.6℃にとどまります。降水は主に5月から10月に集中するため、この季節に訪れる観光客は、変わりやすい山岳気候に備え、雨具や防寒具を携行することが推奨されます。
観光ルートとしては、東側から観光用ケーブルカーで登り、さらに徒歩でおよそ1,000段の石段を上ることで、山頂の主要景観に到達できます。そこにそびえる「キノコ石(蘑菇石)」は、梵浄山の象徴的な存在として広く知られています。
梵浄山とその周辺地域には、土家族・トン族・ミャオ族・コーラオ族など、多様な少数民族が居住しています。この地は「儺(な)文化」(儀礼演劇文化)の重要な保存地域であり、とりわけ梵浄山の儺劇(儺戯)は、中国南方に伝わる宗教祭祀劇の典型例とされています。仮面を着けて演じられるこの劇は、「生きた化石」とも称され、約二〜三千年にわたる歴史的蓄積を経て今日に伝わっています。演目には「刃の梯子を登る」「火の海を渡る」「紅い山を切り拓く」「釘を飲み込む」といった超人的な芸が含まれ、宗教的儀礼と芸能的要素が融合しています。なお、使用される仮面の多くはポプラやヤナギの木で作られます。ポプラは軽量で割れにくく、ヤナギは魔除けの力を持つと信じられており、芸能者はその霊的効力を仮面に託してきました。
また、梵浄山は四季折々に異なる美景を呈することでも名高い地です。春には山野に花々が咲き誇り、夏には清涼な滝が流れ落ち、秋には山全体が紅葉に彩られ、冬には氷雪が織りなす幻想的な景観が広がります。こうした自然美と文化的景観の共存が、梵浄山を独自の魅力ある聖地として際立たせています。