黔東南州

黄崗トン寨

2020-05-24

翻訳:伍 江紅

修正:須崎 孝子

監修:姚 武強

補筆・再構成:大橋 直人



黄崗トン寨は、貴州省東南部・黎平県双江郷の東南端、深い山あいに位置する集落である。外部の人々が訪れることは稀であり、いまなお百年前の伝統的な生活様式が息づいている。


集落の象徴である鼓楼には、手書きによる二十四節気が掲げられている。人々は朝日とともに畑に出て、疲れると畦に腰を下ろし、もち米のご飯を口に運ぶ。夕暮れには歌を歌い、閑暇の折には鼓楼を囲んで火を焚き、歌を響かせる。そこには商店や繁華街はなく、物を売買する職業人もいない。あるのは自然の景観と、世代を超えて受け継がれてきた素朴な暮らしである。


千年以上の歴史を刻む鼓楼や花橋の下には、澄んだ歌声が響きわたり、田野には小動物が戯れる。人々の顔には飾らない誠実な笑顔があふれ、来訪者を温かく迎えてくれる


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黄崗トン寨


黄崗村は海抜780メートルに位置し、東部と南部では江県の洛香鎮・貫洞鎮および高増郷と接しています。全村は11の行政区に分かれ、325戸・1629人が居住しています。住民の大半はトン族で、集落は二つの自然寨に分かれて形成されています。森林被覆率は68.4%に達し、主要な経済作物として水稲、糯稲、芋類、油茶が栽培され、副産物としてトウモロコシやピーナッツが生産されています。また、特産品として魚の塩漬けが知られています。


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村の前後には鬱蒼とした森林が広がり、入り口には龍と鳳の意匠が施された二基の風雨橋が架けられています。地元ではこれを「花橋」と呼びます。橋の下を小川が流れ、絶え間ない水流を利用して村人は水車小屋を築き、穀物を挽いてきました。黄崗寨は五つの鼓楼と、純木造の干欄式建築群から成り立っています。トン族の伝統において鼓楼は、一つの氏族あるいは姓を象徴する存在であり、またトン族は自然崇拝の思想を持ち、木々を風水の木・神木として敬ってきました。そのため、歴史の変転にもかかわらず、この地は緑陰に覆われ、今日まで豊かな自然生態を保持しています。


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鼓楼と風雨橋はトン族建築を特徴づける象徴的な存在です。その造形は独特かつ精緻で、華やかな意匠を備えています。建築技法としては、釘や金具を一切用いず、木材同士を組み合わせて構築する伝統工法が用いられています。数百年の風雪に耐え、なお堅固に佇むこれらの建築は、トン族文化を体現するだけでなく、中国民俗建築研究における貴重な教材ともなっています。


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黄崗村には濃厚なトン族文化が息づいています。その象徴のひとつが「トン族大歌」であり、村人たちは「ご飯は体を養い、歌は心を養う」と口にしながら、日常生活の中で歌を大切にしてきました。子どもから大人まで、冠婚葬祭や日常の出来事など、あらゆる場面で歌が響き渡ります。黄崗の人々にとって歌は単なる娯楽ではなく、感情を喉から絞り出すように表現する心の言葉であり、深い情を託す手段なのです。


トン族大歌は音楽芸術の形式であると同時に、トン族の文化と精神を伝承・凝縮する重要な役割を果たしてきました。その存在はまさにトン族文化の直接的な体現といえます。大歌は歴史的にトン族南部方言区に広がり、現在も流行しています。その音律構造や歌唱法は一般的な民謡とは大きく異なり、リード歌手と合唱が交わる多声的な形式で、民間に伝わる複調音楽の一種に属します。主な分布は中南部方言区の第二土語区で、北部を中心に肇興・貫洞・洛香などの郷鎮や、榕江県の三宝・宰蕩といったトン寨に広がります。民間ではこれらの地域を「六洞」「九洞」と呼んでいます。代表的な曲には「耶老歌」「高勝」「伽音也」「伽劇」などがあり、祭礼で歌われる大歌は特に人々の心を奮い立たせ、参加者に強烈な高揚感をもたらします。


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また、黄崗には古くから「ろうけつ染め」と「銀飾」の伝統芸術が受け継がれています。女性は一家の生活を支える中心的存在であり、綿の栽培、糸紡ぎ、織布、ろうけつ染め、衣服の仕立てまでを担います。そのため、少女は幼い頃からろうけつ染めや紡績の技術を学び始めます。


黄崗の人々の美意識は極めて鮮明です。衣装は黒(あるいは藍)を基調とし、銀製の頭飾りや腕輪で装う姿は気品に満ちています。刺繍は控えめにポケットに施される程度で、黒光りする布地こそが誇りとされています。トン族の人々は、自ら織り染めた衣を最も好み、黄崗トン寨では今も布を織り、染め、叩いて仕上げる伝統技術が守られています。こうして作られるトン布は、女性たちの技術の粋を結集したものです。しかし、その生産過程が複雑で保存も難しいため、現在ではその数はわずかしか残されていません。


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黄崗村では民族的な祝祭が数多く行われていますが、その中でもとりわけ盛大なのが、旧暦17日に行われる「抬官人(たいかんにん)」と、旧暦615日に行われる「喊天節(かんてんせつ)」です。


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「抬官人」は黄崗トン寨特有の年越し行事です。村人たちは藁で竹馬を作り、鮮やかな敷布をかけます。子どもたちは「官家八団花服」と呼ばれる華やかな民族衣装をまとい、銀の装飾を身につけて竹馬に乗り、担ぎ手によって村中を練り歩きます。行列の中で「官人」はかごの上から人々の参拝や称賛を受け、若者たちは奇抜な装いで道化役を演じながら随行します。沿道には爆竹の音が絶えず響き、村全体が熱気に包まれます。春節の時期に黄崗を訪れるなら、ぜひとも見逃せない壮観な祝祭です。


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一方の「喊天節」は、雨を祈る祭礼であり、旧暦615日に村を挙げて行われます。この日、村人たちは老若男女を問わず広場に集まり、芦笙(ろしょう)を奏で、トン族大歌を歌いながら、鬼師(きし/シャーマン)の導きによって天を祭り、五穀豊穣や家畜の繁栄、そして天下泰平を祈願します。ここでは古代の祭祀の形をとどめた儀式が目の当たりにでき、「天に呼びかけるとその日は必ず雨が降る」との不思議な伝承も残されています。また、この祭礼は、かつて黄崗の大将・呉志が狼寨や洛寨の山林を平定したことに由来するとも伝えられています。


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