翻訳:陳 応梅
修正:宮澤 詩帆
指導:王 暁梅、楊 梅竹
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
中国南西部に位置する貴州省を中心に、「苗族(ミャオ族)」と呼ばれる少数民族が広く分布しています。苗族の総人口は約950万人にのぼり、言語や生活習慣、文化様式は漢民族とは大きく異なります。歴史的には、かつて湖南省・湖北省・江西省など中南部の諸地域に居住していたとされますが、漢民族による勢力拡大にともない、現在の貴州・雲南・広西など中国南西部へと移動し、さらにタイ、ラオス、ベトナムといった東南アジア諸国にまで移住したと伝えられています。
苗族の伝承によれば、彼らの祖先は揚子江中流域で水稲農耕を営んでいたとされ、民族の起源は東方にあると固く信じられています。こうした伝承は、苗族の文化的ルーツが東アジアにあることを示唆しています。
ミャオ族は、話される方言によって大きく三つの系統に分類されます。それが、湘西方言(湖南省西部を中心とする)系、黔東方言(貴州省東部)系、そして川・黔・滇方言(四川・貴州・雲南にまたがる地域)系です。
さらに、女性の服装の色彩や模様、髪型、装身具の特徴などに基づいて、「黒苗」「白苗」「青苗」「紅苗」「花苗」など五つの大別がなされることもあります。加えて、より細かく分類する際には、「長角苗(長い角状の髪飾りが特徴)」「歪梳苗(歪んだ櫛型の髪型)」「長裙苗(長いスカート)」「短裙苗(短いスカート)」「雅雀苗(優美な衣装)」「尖尖苗(尖った帽子)」などと呼ばれることもあります。
また、地理的な分布によっては、「東苗」「西苗」「平伐苗」「清江苗」「八番苗」などの呼称が使われ、地形によっては「高坡苗(高地に住む)」「平壩苗(平地に住む)」といった分類もなされます。漢文化との同化度合いに基づいては、「生苗(比較的漢化の影響が少ない)」「熟苗(漢化が進んでいる)」という区別もあります。さらに、地名に由来する「九股苗」や、伝統的な職業に由来する「打鉄苗(鍛冶を生業とする)」など、実に多様な呼び名が存在しています。
これらの呼称は、言語、服飾、居住地、文化的背景、さらには社会的役割など、多様な視点からミャオ族内部の複雑な文化的多様性を反映しています。
湘西方言に属するミャオ族(東部方言系)は、自らを「コー・ション(Ko Xiong)」と称し、かつては「紅苗(ホンミャオ)」とも呼ばれていました。この呼称は、女性は赤いプリーツスカートを、男性は腰に赤い帯を締めるという衣装の特徴にちなむものです。
この湘西方言グループは、さらに東部土語と西部土語の二つに細分されます。東部土語を話すミャオ族は、主に湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州の古丈県や瀘渓県、吉首市東部に居住しており、衣服の特徴としては、クロスステッチによる幾何学模様の刺繍が挙げられます。服飾や頭巾には花柄が施され、銀製の装飾品は比較的控えめです。
一方、西部土語を話すミャオ族の分布はより広範に及び、花垣県、鳳凰県、懐化市の麻陽・新晃両県、さらには貴州省松桃ミャオ族自治県、湖北省宣恩県などに広く居住しています。西部土語ミャオ族の衣装は濃紺や黒を基調とし、花や鳥をモチーフとした刺繍が施されるのが特徴です。また、銀飾りの使用も盛んで、特に鳳凰県や松桃県の女性たちが身につける銀装飾は、華麗さの点で後述する黔東南地域のミャオ族にも劣らぬ精緻さを誇ります。
黔東方言(中部方言)グループに属するミャオ族は、かつて「九股苗(ジウグーミャオ)」あるいは「黒苗(ヘイミャオ)」と呼ばれていました。このグループは、貴州省の黔東南・黔南・黔西南の各ミャオ族・トン族自治州のほか、広西チワン族自治区の融水県、湖南省懐化市靖州ミャオ族トン族自治県などに広く分布しています。
この黔東地方のミャオ族が話す言語は、方言差や訛りが少なく、話す速度もゆるやかであるため、地域間のコミュニケーションが比較的容易であるという特徴があります。
黔東ミャオ族の内部構成は極めて多様であり、支系ごとに服飾文化にも顕著な差異が見られます。その衣装のバリエーションは実に200種類近くにのぼり、銀製の装身具も多用されることが特徴です。とりわけ、女性の正装には繊細な刺繍や銀細工が多く施され、服飾文化として極めて豊かな発展を遂げています。
この地域のミャオ族は、衣装の色彩・文様・構造に加え、銀冠や胸飾り、首輪、耳飾りなど多様な銀製装飾品を着用し、それぞれの支系の社会的アイデンティティや美意識を表現しています。衣服は単なる装いではなく、婚礼・祝祭・祖霊儀礼などの文化的実践とも深く結びついており、各支系の民族的象徴としての役割を果たしています。
現在、テレビやインターネット、観光パンフレットなどで紹介されているミャオ族の伝統衣装や銀装飾の多くは、この黔東地域に属するミャオ族のものを原型としています。彼らの華麗で個性的な装いは、民族文化の象徴として国内外から高い関心を集めています。
川黔滇方言(西部方言)グループに属するミャオ族は、全体の中で最も人口が多く、言語的にもさらに細分化されています。言語の差異に基づき、複数の下位グループに分類されますが、なかでも代表的なのが「川黔滇次方言グループ」と呼ばれる一群です。このグループに属する人々は、西部方言系ミャオ族の中核をなす存在であり、歴史的に「黒苗」「白苗」「青苗」「花苗」「小花苗」「歪梳苗(ワイシューミャオ)」などの呼称で知られてきました。
彼らの分布は、貴州省西部、四川省南部、雲南省全域、広西チワン族自治区西部におよび、さらには東南アジアのラオス、ベトナム、タイなどにも及んでいます。これらの移住には、歴史上の戦乱や社会的混乱が影響したとされ、一部の集団はさらに遠くアメリカ、フランス、オーストラリアなどにも移住しています。
このグループの話す言語は、各地域ごとに若干の差異はあるものの、相互理解が可能な程度には類似しており、地理的距離が離れていても比較的円滑なコミュニケーションが行われています。これは、彼らの移動と定住の歴史の中で方言間の共通性が保たれてきたことを示しています。
もうひとつの主要な下位グループとしては、「滇東北次方言グループ」が挙げられます。この系統は、かつて「大花苗(ダーフアミャオ)」と呼ばれており、主に雲南省北東部の烏蒙山(うもうさん)山系一帯に分布しています。具体的には、貴州省の畢節(ひっせつ)地区や、雲南省東部の昆明周辺などが主な居住地とされています。
ミャオ族は、その自称、使用言語、服飾様式、居住地域といった文化的・地理的要素に基づいて、現在ではおよそ60の支系に分類されています。以下では、代表的な支系とその分布、言語特徴、衣装の特徴などについて紹介します。
湘西・黔東支系
この支系は自称「コー・ション(Ko Xiong)」と称し、かつて「紅苗」とも呼ばれていました。言語は湘西方言に属し、内部的には東部土語と西部土語に大別されます。東部土語話者は主に湖南省の古丈県およびその周辺地域に分布し、西部土語話者は鳳凰県、吉首市、貴州省松桃県、玉屏県などに広がっています。
施洞支系
自称は「モン(Hmong)」で、貴州省台江県の施洞鎮・宝貴鎮、ならびに施秉県の馬号鎮・六合鎮、黄平県の山凱鎮などに居住しています。言語は中部方言の北部土語に属し、施洞話(Shidong dialect)と呼ばれる変種を話します。
台拱支系
同じく自称は「モン(Hmong)」で、清代の文献では「九股苗」と記録されています。台江県の台拱鎮を中心に、台濃鎮、南省鎮、さらには革一・革東などの村落に広がります。言語は中部方言北部土語の一変種で、「台拱話」と呼ばれます。
巴拉河支系
自称は「ガノウ(Ga Now)」で、清代には「九股苗」や「黒苗」と記されてきました。巴拉河の両岸を中心に、雷山県全域、台江県の排羊鎮・交下鎮、凱里市の掛丁鎮・地午鎮、剣河県の太擁鎮などの村落に広く分布しています。使用言語は中部方言北部土語に属します。
黄平支系
自称は「モン(Hmong)」で、貴州省黄平県各地および隣接する凱里市の傍海・湾水、施秉県の白洗・鳳山、麻江県の下司などの村落に分布しています。言語は中部方言北部土語の「黄平話」に属します。
大塘支系
この支系の自称は「ガノウ(Ga Now)」で、いわゆる「短裙苗(短いスカートを着用するミャオ族)」に分類されます。主に貴州省雷山県の大塘鎮・配寨鎮などに居住しており、言語は中部方言北部土語です。
太擁支系
自称は「キ(Ki)」とされ、「短裙苗」の一種に分類されます。剣河県の太擁鎮・南哨鎮、台江県の交下鎮、雷山県の方様鎮などの村落に分布し、言語は中部方言北部土語を用います。
丹寨支系
自称は「ガノウ(Ga Now)」で、「八寨苗」としても知られています。貴州省丹寨県の竜泉鎮・桃花鎮・羊列鎮などの地域に広がり、言語は中部方言北部土語に属します。
打漁支系
自称は「キ(Ki)」で、「高坡苗」あるいは「白領苗」とも呼ばれています。分布地域は貴州省三都県の打漁鎮・都江鎮、丹寨県の雅灰・排路、湛江県の興華・定威などで、使用する言語は中部方言南部土語です。
榕江支系
自称は「モン(Hmong)」で、清代には「古州苗」「車江苗」とも記録されていました。榕江県の古州鎮・八吉鎮、従江県の停洞鎮・加哨鎮、黎平県の銀潮鎮などに広がっています。言語は中部方言南部土語を用います。
岜沙支系
自称は「キ(Ki)」で、従江県の岜沙村、同楽鎮および周辺の村落に居住しています。言語は中部方言南部土語に属します。
丹都支系
自称は「ガノウ(Ga Now)」で、他称では「白領苗」とも呼ばれます。分布地域は丹寨県の復興鎮・金中鎮、三都県の普安・介頼、および都匀市の王司鎮などです。言語は中部方言南部土語です。
羅泊河支系
自称は「モン(朦)」で、清代の文献には「西苗」や「花苗」といった他称も見られます。貴州省福泉市の幹坝・王卡、貴定県の定東・定南、麻江県の楽坪・景陽、さらには龍里県の巴江や開陽県などの郷鎮に分布しています。使用言語は、川黔滇方言のうち羅泊河次方言に属します。
中排支系
自称は「モン」、他称は「白裙苗(白いスカートのミャオ族)」です。貴州省龍里県の中列・民主、貴定県の石板など、一部の村寨に分布しています。言語は、川黔滇方言に属する貴陽次方言北部土語を話します。
高坡支系
自称は「ムー(某)」で、他称としては「高坡苗」が一般的です。主に貴陽市の高坡地区、恵水県の半坡・甲烈、龍里県の摆省といった郷鎮の一部村寨に居住しています。言語は、川黔滇方言の恵水次方言北部土語に分類されます。
摆金支系
自称は「モウ(毛)」で、他称は「打鉄苗(鍛冶のミャオ族)」と呼ばれます。貴州省恵水県の甲浪、鸭绒などの郷鎮に点在する村寨に分布しています。使用言語は、川黔滇方言の恵水次方言に属する東部土語です。
花溪支系
自称は「ムー(谋)」で、他称は「花苗」として知られています。貴陽市の花渓、孟関、清鎮県の中八・麦格、平坝県の林卡などの郷鎮に分布しています。言語は、川黔滇方言貴陽次方言の北部土語に属します。
乌当支系
自称は「モン」で、他称は同じく「花苗」と呼ばれています。貴陽市の烏当・下坝、龍里県の洗馬・谷竜、および開陽県とその周辺郷鎮の一部の村寨に居住しています。話されている言語は、川黔滇方言貴陽次方言の北部土語に分類されます。
長順支系
自称は「モン」で、他称は「尖尖苗(尖った髪飾りのミャオ族)」と呼ばれます。主に長順県東部および東北部の郷鎮、ならびに隣接する恵水県(長田・赤土)、平坝県(大坝・林卡)、貴陽市の燕楼、清鎮県に隣接する地域に分布しています。使用言語は、川黔滇方言の貴陽次方言に属する西南土語です。
安普支系
自称は「モンラ(蒙拉)」、他称は「花苗」とされています。安順市郊外の東南部・北部・西部、普定県の東北部、鎮寧県の城関および東部の郷鎮村寨に広く分布しています。言語は、川黔滇方言のうち川黔滇次方言に属する第一土語です。
麻山支系
自称は「モンロ(蒙娄)」、他称は「白苗」と呼ばれます。分布は貴州省望謨県の麻山・桑郎、安龍県の洒雨、羅甸県の逢亭、納平県の羅蘇などの郷鎮に点在する村寨に及びます。話されている言語は、川黔滇方言の麻山次方言に属する南部土語です。
岔河支系
自称は「モンロ(蒙娄)」で、「白苗」に分類される支系のひとつです。主に貴州省の畢節市東南部、大方県の各郷鎮、黔西県の一部、さらに貴陽市の烏当・孟関、平坝県の下坝・林卡、清鎮市の中八、鎮寧県の空洞河などに分布しています。使用言語は、川黔滇方言の川黔滇次方言第一土語に属します。
西林支系
同じく自称は「モンロ(蒙娄)」で、「白苗」に属する支系です。広西チワン族自治区西林県の各郷鎮、隆林県の徳俄・蛇場、さらに雲南省広南県の董堡・洛里、富寧県の田逢・董幹、邱北県の八道哨・平寨などに広く分布しています。