翻訳:陳 応梅
修正:宮澤 詩帆
指導:王 暁梅、楊 梅竹
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
ミャオ族の姓は大きく苗姓と漢姓の二種類に分けられる。苗姓は本来、ミャオ族固有の呼称体系に属するものであり、漢姓は歴史的過程の中で外部から導入されたものである。伝統的にミャオ族は自らの苗姓を文字に記す習慣を持たず、記録されるのは専ら漢姓であったため、苗姓の存在は長らく外部には広く知られてこなかった。
苗姓の歴史的起源は、大きく以下の三つに分類される。
1、氏族集団および首領に由来するもの
最古の苗姓の一部は、太古における氏族名や首領の名を起源とする。たとえば、湘西方言を話すミャオ族に見られる「仡濮(Gepu)」姓は、先秦時代に湘西および武陵五渓地域に居住した古濮人との関連が指摘される。また「仡驩(Gehua)」姓は、伝説上の人物である驩兜(舜帝によって西崇山に流されたとされる)を祖と仰ぐ氏族に由来する。
『ミャオ族史詩 遡河両遷』の記録によれば、ミャオ族の祖先は「方」「柳」「恭」「希」「福」などの首領のもと、黔東南地域へ移住し、祖霊祭祀(牛を屠って祖を祀る儀礼)を経て、台江・剣河・雷山などに定着した。その後、各地で独自の宗支と姓氏が発展し、現在も「寨方」「寨柳」「寨勾」など、明らかに先祖名に由来する苗姓が伝承されている。
2、トーテミズムに由来するもの
ミャオ族のある分派は、特定の動植物を保護神として崇拝し、その名称を姓に取り入れた。例えば、西部方言で羊・ヤギを意味する「雌(ci)」をもとに、「蒙雌(Mengci)」「卯蚩(Maochi)」「姆赤(Muchi)」などの姓が成立した。これらの氏族は長らく牧羊を生業とし、羊との深い結びつきから、羊をトーテムとして信仰していたのである。
同様に、西部方言で竜を意味する「绕(rao)」を由来とする「蒙绕(Mengrao)」「姆绕(Murao)」「卯让(Maorang)」といった姓も存在する。これらの氏族は竜を守護神とし、「竜迎え」や「安竜」といった伝統儀礼を今日まで継承している。
3、祖先の居住地名に由来するもの
一部の苗姓は、祖先の居住地を示す地名に由来する。黔東南・福泉周辺のミャオ族に見られる「喀编给」「喀乾打」「喀编打」「喀香卡」「喀往觉」などがその例である。これらの名称に含まれる「编给」「乾打」「香卡」「往觉」などは、いずれも苗語の地名であり、代々受け継がれるうちに宗支名や苗姓として定着した。
補足
苗姓の成立過程は、民族移動・氏族分化・外来文化の受容といった歴史的要因を反映している。特にトーテム由来の姓は、ミャオ族の宗教観や生業構造を示す民俗学的資料として価値が高い。また、地名由来の姓は、移住史や集落形成の手がかりとなるため、歴史地理学的研究にも有用である。近代以降、漢姓の普及により苗姓は公式記録から姿を消す傾向にあるが、口承や儀礼の場においては今なお重要な文化的アイデンティティを保持している。
ミャオ族における漢姓の分布と特徴
現代の中国において、ミャオ族は日常的に漢姓を用いることが一般化しており、その姓氏体系は漢族のものと大きく重複している。これは歴史的な漢化政策、通婚、行政登録制度の影響を受けた結果であり、苗姓(固有姓)は公式文書や社会的交流の場ではほとんど使用されなくなっている。
東部方言地区
湘西の鳳凰・花垣・吉首などの地域では、呉・竜・麻・石・廖の五姓が「五大姓」として知られる。黔東の松桃・銅仁では、呉・竜・麻・石・田(地域によっては田を白とする)が五大姓である。これらのほか、楊・張・趙・欧・伍・劉・梁・施・羅・王・邓・満・滕・胡・向など、多様な姓氏が分布している。
小郎方言地区
たとえば剣河県のミャオ族には、楊・竜・王・李・張・姜・呉・劉・万・彭・潘・羅・黄など数十種類の漢姓が確認される。このうち楊・竜・王・李は「四大姓」とされ、それぞれ人口が1万人を超える大集団を形成している。
福泉県(中部方言を使用)では、呉・潘・文・雷・竜・楊・王・劉・宋・張など計52種類の漢姓が見られる。その中でも呉・潘・文・雷・竜・楊が優勢である。また筆者の調査によれば、雷山県では張・白・韓・向などの姓があり、とくに張姓の人口が最多であった。
西部方言地区
東北次方言を話す貴州赫章県のミャオ族では、李・羅・汪・王・張・安・楊・韓・朱・潘・陶・呉・蘇・馬・竜・陸の計16種類の漢姓が分布する。威寧県では朱姓が最大集団を構成し、続いて張・王・李・雷・韓・竜・呉などが多い。
川滇次方言を話す雲南省文山地区のミャオ族では、楊姓が最も多く、次いで馬・李・陶・熊・項・王・呉が続く。最も少ないのはトウ(仝)・劉・宋などの姓である。
補足
ミャオ族における漢姓の普及は、明清期以降の戸籍制度導入や科挙受験資格取得、あるいは漢族との通婚による同化政策と密接に関連している。また、地域ごとに特定の漢姓が優勢になるのは、氏族的結合の強さや歴史的移住ルートの違いを反映している。例えば、五大姓や四大姓と呼ばれる集団は、同一祖先を共有する広域的な親族ネットワークを形成しており、冠婚葬祭・祭祀活動・土地利用において重要な役割を果たしている。
苗姓の存在が徐々に忘却される一方で、漢姓はミャオ族内部の社会階層や地域アイデンティティの指標ともなっており、民族誌的・歴史地理学的研究の重要な手がかりとなる。