歌垣とは、男女が集まって互いに歌を掛け合い、求愛や遊戯的な交流を行う習俗を指す。多くの場合、年中行事や通過儀礼の一環として営まれることが多い。日本においても『万葉集』に見られる「歌垣」の記録が知られており、東アジア広域に分布する古層的な求婚習俗の一形態と考えられている。
中国貴州省南東部のミャオ族の場合、歌垣はミャオ語で「遊方」と呼ばれ、若者たちが自由に交流し、婚姻相手を見出す重要な社会的場であった。開催場所は村はずれの山の稜線や森の中といった、日常生活と隔てられた「境界的空間」に定められることが多い。行事は祭日や農閑期に催され、参加者は即興的な歌のやりとりを通じて知恵や感情を試される。歌の巧拙は単なる娯楽にとどまらず、教養・機知・人柄を示すものとして評価され、婚姻交渉にも直結した。
このように歌垣は、単なる求愛の場である以上に、共同体内部の結束や世代間の交流を促す文化的機能を担っていたと考えられる。
補筆・再構成:大橋 直人