翻訳:程 応旭
修正:須崎 孝子
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
貴州と茶の文化
貴州省は中国における茶の重要な原産地の一つであり、低緯度・高海抜・日照時間が短いといった特有の自然条件を兼ね備えています。そのため、古くから高品質の緑茶が生産されてきました。千年以上前に陸羽が著した『茶経』には、貴州茶について「その味は極めて優れている」との記録が残されています。
湄潭翠芽は、かつて「湄江茶」と呼ばれ、湄江河畔で生産されることから名声を博しました。現在では貴州省遵義市湄潭県の特産茶として知られ、2017年5月には国家品質監督検査検疫総局より地理的表示製品として保護認定を受けています。
湄潭翠芽の生育環境
湄潭翠芽は、貴州高原の東北部に位置し「雲貴小江南(うんきしょうこうなん)」の美称をもつ貴州省遵義市湄潭県において生産される高級緑茶です。同地域は、茶樹の生育ならびに高品質な茶葉の生産にきわめて適した自然環境を備えています。すなわち、「高海抜・低緯度・寡照(日照が少ない)・多霧・土壌中の亜鉛およびセレン含有量が豊富」という、いわゆる“貴州茶業第一の県”として知られる典型的条件を有しており、約60万ムー(約4万ヘクタール)に及ぶ良質な生態茶園が広がっています。
遵義市は、雲貴高原から湖南丘陵および四川盆地へと移行する傾斜地帯に位置し、地形は起伏に富み複雑です。標高は概ね800〜1300メートルに分布し、中国全土における地勢区分では「第二階段」に属します。
気候面では、モンスーンの影響がとりわけ顕著です。冬から春にかけては北方からの寒波や冷気の影響を強く受け、卓越風は東北風ないし東風が主となります。東北季節風の影響下では雲が濃密かつ低層に広がり、夜間には雲頂からの放射冷却により夜雨が頻発します。さらに南寄りの気流と北寄りの寒気が合流すると、高度約3300メートル付近で揚子江横断線、あるいは局地的に雲貴準静前線が形成され、長雨が続く要因となります。
4月中旬以降、西南季節風の北上により曇天は減少し、晴天と曇天が交互に現れる天候が多くなります。この時期には気温が顕著に上昇し、緯度が低いため日射も強く、晴天が3日間続けば気温は30℃を超えることもあります。こうした温暖かつ変化に富む気候は、茶樹の生育にきわめて適しており、湄潭翠芽の独自の品質を形成する重要な要素となっています。
湄潭における茶の歴史
湄潭は古来より良質な茶の産地として知られてきました。唐代の開元元年(西暦760年)、後に「茶聖」と尊称される陸羽が長年の研鑽を経て、世界初の茶に関する専門書『茶経』を完成させています。その中で陸羽は、「茶の木は我国南方の優良な樹木である……貴州の茶は思州・播州・費州・夷州などで生産される……時に手に入れて飲むが、まことに美味である」と記しています。この「夷州」とは、今日の貴州省湄潭・正安・鳳岡・石阡一帯にあたり、湄潭における茶の生産が唐代すでに盛んであったことを示しています。
当時湄潭で生産された茶は「眉尖茶」と称されました。その名が示すように、茶葉は美しい女性の眉尻を思わせる細く繊細な形状を有していました。その滋味は、北部「小江南」と称される貴州地方の女性のように、温和で柔らかな趣をもっていたと伝えられています。この「眉尖茶」は、湄潭特産の「苔茶」を原料として製造されたものでした。
明清時代に入ると、湄潭の眉尖茶はさらに評価を高め、皇室に愛飲されるとともに、貢茶(皇帝への献上品)として扱われました。民国期に編纂された『貴州通志』にも「貴州省各地はいずれも茶を産するが、湄潭の眉尖茶はすべて献上品である」と記されており、その高い格式と品質が窺えます。
近代における湄潭茶業の発展
1939年、抗日戦争のさなか、中国各地の科学研究機関や大学は相次いで「大後方」(抗戦期における国民政府統治下の西南・西北地域を指す)へと移転しました。国民政府はこの大後方において茶業振興を図り、中央実験茶場を設置するのに最適な場所を模索しました。その結果、茶の科学研究・栽培・加工・輸出を一体的に担う中国初の国家級茶業拠点――「中央実験茶場」が湄潭に設立されることとなりました。
この茶場には、張天福・劉江西芝・李聯標・徐国幀といった近代中国を代表する茶学の大家が集結しました。また、戦火を避けて西進していた浙江大学も湄潭に移転しており、同大学は県城南郊外・象山麓の義泉万寿宮に拠点を構え、中央実験茶場と協力して南郊の荒地約1000ムーを買収し、茶樹の試験栽培を開始しました。そのうち象山地区では555.6ムーに及ぶ模範茶園が造成され、国内で初めて計画的かつ大規模に整備された近代的茶園として注目を集めました。この茶園は「中国現代茶第一園」と称され、象山もまた「中国現代茶第一山」と呼ばれるようになりました。
1943年には、浙江大学の推薦により、杭州から製茶師・烏錫得が招聘されました。彼は湄潭特産の苔茶を原料に、伝統的な眉尖茶の製法を基盤としつつ、西湖龍井の製茶技術を融合させ、新たに「湄潭龍井」を創製しました。この茶は浙江大学の蘇歩青・江恒源ら著名教授に愛飲され、西湖龍井に匹敵する高い評価を得ました。その名声は学界や文化人の間に広がり、多くの知識人が湄潭龍井をこぞって買い求め、西湖龍井と並び称する存在となったのです。
新中国成立後の湄潭茶業の発展
新中国成立後、中央実験茶場は発展的に改組され、貴州省茶葉科学研究所および国営茶場へと発展しました。湄潭茶場に所属する技術者や多くの従業員は、湄潭龍井茶の伝統的な製茶技術を継承しつつ、研究と改良を重ねました。その結果、炒青(茶葉を釜炒りする工程)の技術は次第に体系化され、製品の品質は一層向上していきました。
1954年、当時の貴州省長・周林が湄潭茶場を視察し、自ら湄潭龍井の製茶工程を調査した上で試飲を行いました。その際、彼は「“龍井”という名称は本来、西湖地域特有の地名的要素を含んでいる。これほど優れた茶であるのに、なぜ湄潭独自の名称を冠さないのか」と述べ、「湄潭龍井」を「湄江茶」と改称することを提案しました。こうして新たに命名された「湄江茶」は、湄江の清らかで豊かな流れと結びつき、その地域的象徴性とともに広く認知されるようになりました。
湄江茶は「形の美、葉色の緑、栗香の清雅、滋味の濃厚」を特徴とし、高い評価を得ました。外形は扁平で端正、葉色は青みを帯びて光沢があり、香気は炒った栗のように芳ばしく長く持続します。水色(茶湯の色)は明るい黄緑を呈し、その風味は力強さとまろやかさを兼ね備えています。
1958年には、中国農業科学院茶葉研究所および上海輸出入公司による審査が行われ、「湄江茶」と杭州獅峰龍井茶を比較した結果、両者はそれぞれに独自の長所を備え、異なる風格をもつ銘茶として評価されました。
「湄潭翠芽」の命名と品質的特徴
1980年、著名な茶学者である安徽農業大学の陳椽教授は、「湄江茶」には地域的特色があるものの、名称としては範囲が広すぎ、その優れた緑茶としての特徴――すなわち「形の美しさ」と「葉色の鮮緑さ」――を十分に表現できていないと指摘しました。そのため、より適切な呼称として「湄江翠片」と改称し、『中国銘茶研究選集』に収録することを提案しました。
その後、湄潭緑茶の品質向上に伴い、摘採される新芽はますます肥厚となり、茶葉の形状もより豊かになっていきました。このため、「翠片」という呼称ではその特徴を十分に表現しきれなくなり、湄潭県党委員会と県政府は新たに「湄潭翠芽」と命名しました。この名称は県内の公共ブランドとして広く浸透し、湄潭茶の代表的銘柄として確立されていきました。
湄潭翠芽は、扁平で滑らかな形状を有し、外観はひまわりの種を思わせます。葉色は鮮緑でつややか、香気は炒った栗の芳香を主体としつつ、新鮮な花香を伴うのが特徴です。滋味はまろやかで口当たりがよく、ほのかな甘みを含みます。茶湯(水色)は明るい黄緑色を呈し、葉底(ようてい:茶葉評価の専門用語で、乾茶を抽出後に広がった茶葉の状態を指す)は若緑色で整然と揃っています。
こうした優れた品質により、湄潭翠芽は2001年以降、「貴州省十大名茶」をはじめ、「中茶杯」特等賞・一等賞、「中緑杯」金賞など、計48回にわたり連続受賞を果たしています。
湄潭翠芽の産地と製茶工程
湄潭翠芽の産地は、貴州省遵義市湄潭県を中心に、鳳岡県、余慶県、正安県、道真県、務川県の行政区域に及びます。その製茶技術は、西湖龍井茶の炒製法を参考にしつつも、独自の工夫を加え発展してきました。毎年2月下旬から4月下旬にかけて、一芽一葉の新芽を摘採し、萎凋 → 殺青 → 理条 → 整形 → 脱毫 → 提香といった工程を経て仕上げられます。
製茶工程の要点
1、萎凋
摘んだ新鮮葉を厚さ8~15cmに広げ、4~10時間置くことで表面の水分を適度に蒸散させます。葉色は緑から濃緑へと変化し、清新な香気が発現します。
2、殺青
高温処理(180~200℃、8~10分)により酵素の働きを止め、発酵を抑制します。同時に茶葉特有の緑色を保持し、柔軟性を高め加工しやすくします。この段階で香気も立ち始めます。
3、理条(条形形成)
温度80~120℃、2~3分の加熱により茶葉を扁平で真っ直ぐな形に整えます。葉色は光沢を帯び、乾燥度は40~50%が基準となります。
4、整形
温度80~110℃で乾燥させ、黄緑色の葉色を保ちながら平直な形を整えます。含水率は15~20%が適正とされます。
5、脱毫
茶芽を覆う細毛(毫)を落とす工程です。温度60~80℃、30~50分間加熱し、含水率9~11%まで乾燥させます。
6、提香(焙煎仕上げ)
120~150℃で4~12分間焙煎し、水分含有量を5.5%以下に調整します。これにより茶葉の香気が一層引き立ち、保存性も高まります。
湄潭翠芽の品質的特徴
湄潭翠芽は、外観が扁平で滑らかであり、ひまわりの種のような形状を示します。葉色は鮮やかな緑色で、香りは高く澄み、炒った栗の芳香に新鮮な花香が調和します。滋味はまろやかで口当たり良く、ほのかな甘みを含みます。茶湯(水色)は明るい黄緑色を呈し、葉底(抽出後に開いた茶葉の状態)は若緑色で整然と揃っています。
さらに、湄潭翠芽は希少な抗酸化成分を豊富に含み、日常的な飲用により健康効果が期待されます。
湄潭翠芽の効能と文化的価値
湄潭翠芽には多様な生理的作用が認められます。まず、利尿および疲労回復効果については、茶葉に含まれるカフェインが腎臓を刺激し、尿の排泄を促進することで濾過率を高め、老廃物の体内滞留時間を短縮させます。さらに、カフェインは尿中に蓄積した過剰な乳酸を排出し、身体の疲労回復を助けると考えられています。
美容・スキンケアの観点では、茶ポリフェノールが重要な役割を果たします。これらは水溶性であり、皮膚表面の余分な皮脂を除去し、毛穴の収斂、殺菌作用、さらには皮膚の老化防止に寄与します。また、紫外線による皮膚障害を軽減する効果も報告されています。
覚醒作用に関しても、湄潭翠芽のカフェインが中枢神経を適度に刺激し、大脳皮質の活動を高めることで、心身を清明にし、集中力を向上させます。これにより、偏頭痛の軽減や疲労感の緩和にも一定の効果が期待できます。加えて、湄潭翠芽には抗酸化物質やビタミンCが含まれ、体内のフリーラジカルを除去するとともに、ストレスに対抗するホルモン分泌を促進する働きも指摘されています。
湄潭翠芽はまた、芸術的価値を備えた茶でもあります。手作業によって仕上げられた茶葉は扁平で端正な外観をもち、湯に浸すと瞬く間に一芽一葉が杯中で花開くように展開し、清らかな香気を放ちます。この美しい光景と芳香は、単なる飲料としての価値を超え、鑑賞の対象ともなり得ます。湄潭翠芽は高級茶として贈答品にも適し、人々に優雅な趣と味覚的な喜びを提供します。
西湖龍井茶は、早春に摘み取られる若芽を原料とし、一芽一葉や一芽二葉の初展段階――すなわち新梢の最初の葉がわずかに開いた時期――の茶葉を用いるのが特徴です。この時期の茶葉はアミノ酸を多く含み、対照的に茶ポリフェノールの含有量は比較的低い傾向にあります。そのため、西湖龍井茶には共通した品質特性が見られます。すなわち、茶湯の色は澄明で明るく、香りは清新で、炒った栗のような香気あるいは花香を帯び、味わいは爽快かつ清らかです。
しかし近年、需要の増大に伴い供給量が拡大した結果、龍井茶の品質には一定の低下が指摘されています。もっとも、著名なブランドであるがゆえに依然として広く評価されているものの、品質面においては、同じく貴州省で生産される「湄潭翠芽」が龍井茶に劣らない水準を備えていると考えられます。
貴州十大名茶(代表例)
1、都匀毛尖(都匀市)
2、湄潭翠芽(湄潭県)
3、梵浄山翠峰茶(印江土家族ミャオ族自治県)
4、石阡苔茶(石阡県「泉都坪山」)
5、鳳岡亜鉛セレン茶(鳳岡県)
6、春江花月夜・明前毛尖茶(鳳岡県)
7、緑の宝石茶(鳳岡県)
8、貴定雲霧貢茶(貴定県)
9、清池翠片(金沙県「清水塘」)
10、雷公山銀球(雷山県)