翻訳:申 景元
修正:須崎 孝子
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
大方の風土と漆樹
大方県は貴州省西北部、畢節地区の中部に位置し、貴州高原から中山高原へと続く丘陵地帯に広がっています。山々が連なり、岩溶地形を主体とした複雑で険しい地形が特徴です。この地域の気候や土壌は、漆樹の生育にきわめて適しています。
県内の土壌はやや酸性でゆるく、セレン・モリブデン・ルビジウム・マンガン・亜鉛などの微量元素を豊富に含んでいます。こうした恵まれた自然条件により、大方産の漆は漆フェノール含有量が70%以上に達し、漆酵素の活性も高く、極めて優れた品質を誇ります。
気候と製作条件
漆器の製作は、温度や湿度に大きく左右されます。特に「表乾き」の速度や漆の色合いは、産地の気候条件に直結します。漆器に最適な環境は温度20~30℃、湿度70~85%とされます。
大方では年間を通じて漆器の製作が可能ですが、最良の季節は夏です。夏の平均気温は21.7℃、相対湿度は81%で、この特有の気候により、乾燥が速く、水分の蒸散時間も短いため、製品は変形やシミが生じにくく、均一で美しい仕上がりとなります。
歴史と価値
大方漆器の歴史は600年以上に遡ります。牛や羊の皮、綿・麻・絹布、木材などを胎に用い、地元産の上質な漆で仕上げる技法は、明代・洪武年間に形成されました。鑑賞性と実用性を兼ね備えた大方漆器は、貴州を代表する民族民間芸術の逸品であり、貴州茅台酒・玉屏簫笛と並んで「貴州三宝」と称されます。2008年には「イ族漆器飾芸」が国家級無形文化遺産に登録されました。
清代の『乾隆通志』にも「貴州の皮革製品は大定(大方)が最良」と記されており、特に大方の皮漆器は全国的に名声を博しました。「隠紋」と呼ばれる独創的な装飾技法もこの地で生まれました。
大方漆器の製作は高度な技術を要し、工程は煩雑です。漆塗り、胎づくり、灰地、漆地、装飾の五大工芸を柱に、50以上の工程、82以上の細部作業を経て完成します。その精緻さと豊富な種類、躍動感ある造形は、国内外の鑑賞家や収集家から高く評価されています。
2010年9月30日には、国家品質監督検査総局により「大方漆器」が地理的表示製品として認定されました。
大方漆の特質
大方漆器に用いられるのは、地元で採れる天然の生漆です。生漆は漆フェノール、漆酵素、膠質、水分から成り、その品質は格別です。漆フェノールは有機溶剤や植物油には溶けますが水には溶けず、器物に直接塗布することで鮮明な光沢を生みます。乾燥が早く、被膜は強靭で耐久性に優れ、耐摩耗性・耐熱性・耐腐食性・耐アルカリ性・耐湿性など多くの特性を備えています。
その美しさは古来「方漆は油のごとく澄み、美人の髪の艶を映し、虎斑の色を宿し、釣り針の光を放つ」と形容され、独自の風韻を示してきました。優れた漆器は図案が優雅で写実的、造形は古雅で気品があり、色合いは潤いに満ちて輝きを放ちます。さらに熱伝導が少なく、味移りせず、水漏れや虫害を防ぐため、食器としても極めて実用的です。
技法と装飾
大方漆器の胎材には、牛や馬の皮を用いた脱胎法や布胎法が採られます。一般的な製品であっても40以上の工程を経て完成に至ります。装飾技法は実に100種以上あり、大きく「浮花」「平花」「暗花」に分類されます。なかでも隠花(いんか)は大方漆器ならではの技法です。
また、色彩も大方漆器の大きな特色です。従来の黒や朱の単色に限られず、鮮やかで豊かな色彩の組み合わせにより、民族的な雰囲気を色濃く表現しています。