翻訳:陈 月缘
修正:須崎 孝子
監修:姚 武強
補筆・再構成:大橋 直人
三都スイ族自治県は、貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州の東南部に位置し、中国で唯一のスイ族自治県である。県域には「鳳凰の羽のごとく美しい」と讃えられる月亮山や雷公山がそびえ、その麓を清らかな都柳江が流れる。県内は山地が大半を占め、豊富な渓流が縦横に走っている。山々の合間には丘陵や小規模な平地が点在する。土地利用の内訳は、耕地が総面積の9.4%、林地55.6%、山地29.7%、水面1.3%であり、この特徴を「九山半水半分田」と表現する(すなわち、総面積の約九割が山地であり、畑と水面はいずれも5%程度に過ぎないことを意味する)。このような自然環境のもと、三都スイ族自治県には長い歴史を有する独自の刺繍文化が育まれてきた。その代表が、馬の尾の毛を用いた刺繍「馬尾繍」である。
馬尾繍はスイ族女性によって代々継承されてきた特異な刺繍技法であり、馬の尾の毛を絹糸で巻き込みながら刺繍する点に特徴がある。その高度な技術と芸術性から、2006年には国家級無形文化遺産(Ⅶ-23号)に登録された。完成した作品は堅牢で保存性が高く、文様は華麗かつ規則性のある構造をもつ。
馬尾繍に馬の尾の毛を用いることには、二つの大きな利点がある。第一に、毛が硬質であるため文様が崩れにくいこと。第二に、腐敗しにくく耐久性に優れている点である。さらに、尾毛に含まれる油分が絹糸の光沢を長く保つ効果を持つと考えられている。スイ族の人々はこの技法を、背児帯(子どもを背負う帯)や女性用の刺繍靴など、生活に密接した衣服・装飾に施してきた。
制作工程は精緻かつ複雑である。まず白を基調とした絹糸で2~3本の馬尾毛を包み、刺繍用の「馬尾線」を作る。次に図案を布地に固定し、大きな針を用いて馬尾線を刺し、小針と同色の絹糸で補強する。文様には黒・深緑・紫などの濃色糸が多用され、その周囲にはオレンジや深緑の糸で花椒の実を思わせる細かな模様を縫い込む。さらに輝きを高めるため、光沢を放つ銅片を縫い付けることもある。すべての工程は手作業で行われ、しばしば小さな布片に刺繍を施してから、それらを順次縫い合わせて一つの大作へと仕上げる。この緻密な積み重ねによって、壮麗な馬尾繍作品が完成するのである。
スイ族の馬尾繍は、その歴史の古さと技法の独自性から「中国刺繍の生きた化石」とも称される。馬尾毛という特殊素材を活用した技法により、文様は浮き彫りのような立体感を備え、華やかな色彩と神秘的な意匠が観る者を魅了する。馬尾繍は単なる装飾を超え、スイ族の美意識と生活文化を凝縮した民族芸術として高く評価されている。