貴州飲食

糕粑稀飯(ガオバシーファン)

2020-05-11

翻訳:範 麗婷

修正:須崎 孝子

監修:姚 武強

補筆・再構成:大橋 直人


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明代の旅行家・徐霞客は、かつて貴州の茶馬古道に沿って青岩を訪れています。彼の旅行記『徐霞客紀行』には「青崖橋」の記述があり、当時この地は「青崖」と呼ばれていました。この「青崖橋」こそが、現在の青岩橋にあたります。


青岩古鎮、及び貴陽市内でも、町を歩いていると、まるでやかんのような形をした蒸し器から湯気が立ちのぼり、その蓋の上に小さな木製のお櫃(ひつ)が載せられている光景を目にすることがあります。これは、糕粑稀飯(ガオバシーファン)を提供しているお店のしるしです。


糕粑稀飯は、「餅(もち)」と「おかゆ」を組み合わせたような、やさしい甘みとあっさりした味わいが特徴の伝統的な軽食です。口に含むとほんのりとした自然な甘さが広がり、飽きのこない美味しさから、店先にはいつも行列ができています。




糕粑稀飯(ガオバーシーファン)の作り方


糕粑稀飯とは、貴州省を中心に食されている伝統的な甘味粥で、もち米と米を主原料とした「糕粑(ガオバ)」を、おかゆ状に仕立てた一品です。その作り方は、以下のような工程に分けられます。


1、もちの蒸し上げ
まず、もち米とうるち米を3対7の割合で粗く砕き、砂糖を加えて混ぜ合わせます。この混合米を、専用のやかん状の蒸し器(蒸し台の上部に設けられた特殊な構造を持つ)で蒸し上げ、「糕粑」と呼ばれる柔らかな餅状の生地を作ります。


2、おかゆの調理と餅の投入
別の鍋で湯を沸かし、クログワイ粉(または蓮根粉)を加えてとろみのあるおかゆ状にします。そこに先ほどの糕粑を加えて練り混ぜながらつぶし、粥全体になじませます。


3、具材と仕上げ
炒ったピーナッツや煎ったゴマ、氷砂糖や砂糖漬けの果物などの具材を散らします。これらのトッピングは、香ばしさや食感のアクセントを加える重要な要素です。


一見すると簡単そうに思えるこの料理ですが、各工程には熟練の工夫と繊細な調整が求められます。たとえば、餅に使用する粉は石臼で丁寧に挽く必要があり、どの程度の粗さで挽くかによって、最終的な歯ごたえが大きく変わってきます。また、トッピングに使われるピーナッツやゴマも、きちんと香ばしく炒っておくことで、全体の風味が引き立ちます。


この糕粑稀飯の最大の特徴ともいえるのが、「バラソース」の存在です。バラソースは、貴州省青岩地域に伝わる芳香性の高い調味料で、バラの花びらを砂糖漬けにしたものをベースに作られています。このソースを、炒りたてのゴマ粉や砂糖漬けの冬瓜、炒りピーナッツを加えた粥の上からたっぷりと回しかけることで、香り高く豊かな味わいの本格的な糕粑稀飯が完成します。


糕粑稀飯は青岩に由来する名物料理で、すでに300年以上の歴史を誇ります。

地元の人々の間では、もっとも正統な味として親しまれているのが、青岩古鎮の西門近くにある「百年糕粑稀飯」の名で知られる店です。


青岩古鎮の大通りや路地には、さまざまな作り方の糕粑稀飯が存在しますが、中でも謝(シエ)家が営む「百年糕粑稀飯」は、他では味わえない独特の香りと食感が特徴です。


この有名な老舗は、青岩古鎮西門の観光チケット売り場の斜め向かいに位置しています。古びた小さな民家をそのまま利用した店構えで、看板も目立たず、店内もやや薄暗いため、一見しただけでは見過ごしてしまうような佇まいです。


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糕粑稀飯は、もともと宮廷で供されていたデザートです。その技法が青岩に伝わったのは、1900年、八カ国連合軍が北京城に侵攻した際のこと。西太后とともに宮廷を脱出した一人の料理人が、逃亡の末に青岩へと流れ着いたことに端を発します。


この料理人は幸運にも地元のある人物に助けられ、恩義に報いるかたちで、宮廷秘伝の糕粑(もち米を蒸してつくる餅菓子)と稀飯(お粥)の技術を授けました。技を受け継いだのは謝(シエ)氏の祖父にあたる人物で、姓は「車(チェエ)」といい、青岩鎮の隣村で「車么公(チェエマーゴン)」と呼ばれていた著名な人物です。


「車(チェエ)」という姓はもともと満州族に由来し、漢族文化への同化(漢化)が進む過程で「謝」姓に改められました。中国語の標準語(普通話)では「chē」と発音されます。

車姓を持つ「車么公(チェエマーゴン)」は、自身の持つ技術を長女――謝永剛氏の母に伝授しました。彼女は一族の中で「老祖(ラオズー)」と呼ばれ、尊敬を集めていました。

そしてその老祖が、家伝の技を末子である謝永剛氏に引き継がせ、代々継承されてきたのが、現在の「百年糕粑稀飯」です。


現在、謝(シエ)のおじさん(謝永剛氏)は、先祖代々の秘伝を守りつつ、さらに丹念な工夫を加えて、香り豊かな貴州名物の一椀を作り上げています。この糕粑稀飯は今や貴陽を代表する名物料理のひとつとなっています。


なお、「百年糕粑稀飯」の謝(シエ)氏は、特別なブランド展開などは行っていません。店内では磁器の器に盛りつけた餅を提供しており、この磁器の器が、プラスチック容器に盛られたものとは一線を画す味わいと風情を生み出しています。


「糕粑稀飯(ガオバー・シーファン)」の主な材料は、うるち米ともち米を混ぜ合わせたものです。これに、あずき、大豆、そら豆、トウモロコシといった豆類や穀物を加え、さらにゴマ、落花生、冬瓜の砂糖漬け、バラの香りを移した水(バラ水)などを添えることで、ひと碗の中に10種類以上の食材がふんだんに使われています。


その調理法は非常に複雑で、数十にもおよぶ工程を経て、ようやく完成します。特にトッピングには細かな工夫が凝らされており、たとえば米とうるち米の配合比は季節によって変化します。また、補助材料の配分も、気温や湿度に応じて微妙に調整されます。季節ごとに最適な手順が異なる点は、まるで中医(中国伝統医学)の医師が、患者一人ひとりに合わせて処方を変えるかのような繊細さです。


四角い木製のテーブルの上に、小鉢に入った数種類の具材、搗きたてのもち、そして数杯分のレンコン粉が用意されると、謝(シエ)おじさんの手さばきによって、わずか2分足らずで芳醇な香り漂う糕粑稀飯が完成します。


この小さなお椀には、見た目からは想像できないほどのこだわりが詰まっています。糕粑稀飯の作り方には実に数十通りのバリエーションがあり、熟練を要するものです。高齢となった謝(シエ)おじさんは、今ではその技術を娘に伝授しています。娘はすでに十数種におよぶ調理法を習得しており、家業をしっかりと受け継いでいます。



謝(シエ)おじさんは青と白の磁器の茶碗を手に取り、もち米から作った糊状の糕粑(ガオバー)を数匙すくい上げ、さらにいくつかの具材を砕いて碗の中に入れました。傍らの炉では、錫壺(すずつぼ)と呼ばれる蒸し器に入れた湯がぐつぐつと沸き立ち、その口からは湯気が勢いよく立ちのぼっています。巧みに作られた小さな木製のお櫃(ひつ)は、ちょうど蒸し器の注ぎ口の位置に置かれ、中には卵ほどの大きさの丸い穴が開いています。これはもちを温めて柔らかくし、混ぜやすくするための工夫です。


やがて、謝(シエ)おじさんはたっぷりのお湯を注ぎ入れ、茶碗を両手でやさしく揺すって中身を馴染ませます。こうして温まった糊状の糕粑を碗に移し、バラのジャム、炒ったピーナッツ、白ゴマ、ひまわりの種、刻んだ冬瓜の砂糖漬け、そして各種の薬味を添えて、「糕粑稀飯(ガオバー・シーファン)」が完成します。


糕粑の入った壷から湯を注ぐときは、壷の口から出る熱湯が茶碗の底を半周するように注がねばなりません。そうしないと、レンコン粉が均一に火が通らず、生っぽさが残ってしまうのです。さらに、餅も湯で溶かしてお粥状にします。熱いうちに手早く混ぜ、具材を上下に返して全体を均等に馴染ませることで、なめらかな口当たりになります。


こうして出来上がった糕粑稀飯は、レンコン粉のとろみ、もちのほんのりとした甘さが調和し、舌ざわりは極めて滑らか。淡く漂うレンコンと糕粑の香ばしさに加え、バラのほのかな香りがふわりと鼻をくすぐります。一口食べれば、その繊細な甘みと優しい風味に、思わず顔がほころぶほどの美味しさです。


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この平たい大きな器に盛られた一杯の「糕粑稀飯(ガオバーシーファン)」には、現在でも14種類の材料が使われています。緑豆、大豆、えんどう豆、レンコン粉などが含まれており、一見するとシンプルな料理に見えるかもしれませんが、実際には非常に複雑な製法で、完成までに数十もの工程を要します。

謝(シエ)おじさんによれば、先祖代々伝わる秘伝の製法では、本来、糕粑のトッピングだけでも100種類以上の食材が用いられていたとのことです。中には、党参(とうじん)や天麻(てんま)、杜仲(とちゅう)など、薬膳にも使われる高級食材も含まれており、製造には多大な手間と時間、そして高額なコストがかかっていました。

現在の「14種の素材による簡易版」は、より多くのお客様に、手頃な価格でこの伝統的な味を楽しんでもらうために作られたものなのです。



謝(シエ)おじさんの技と糕粑稀飯(ガオバシーファン)の伝承


謝(シエ)おじさんは、数十年にわたる研究と実践を通して、自らの製法に関する独自の要領をまとめあげてきた。彼はこう語る――「配合する原料の分量や水分量は、気温や湿度といった気象条件に大きく左右されます。そのため、季節ごとに作り方を変える必要があります」。しかしながら、これらの調整は多くの場合、経験に基づく感覚によって行われており、明確な数値基準は存在しないという。

たとえば、原料の一つである緑豆は、主に春から夏にかけて使用される。夏場には緑豆の使用量が多くなる一方、大豆やエンドウ豆、トウモロコシ粉の配合量は抑えられる。秋になると、緑豆・エンドウ豆・トウモロコシ粉はいずれも使用を避けるのが望ましいとされる。


また、餅米と粘り米(うるち米に近い性質を持つ)は、天候によって配合比率を変える必要がある。晴天の日には餅米の割合をやや控えめにし、曇天や湿度の高い日にはその割合を増やすとよい。たとえば、夏場には餅米7斤に対して粘り米3斤、冬場には餅米8斤に粘り米2斤の割合が好ましいとされている(※1斤=約500グラム)。


糕粑稀飯の製造には、特有の道具も使用される。中でも「錫壺(すずつぼ)」と呼ばれる容器は重要な役割を担ってきた。謝(シエ)さんによれば、この錫壺は清朝末期から用いられていたが、1957年、歴史的な事情により地中深くに埋められることとなった。その後、文化大革命終結後に再び掘り起こされ、現在も使用されている。1997年までは「定年退役」の名の下に象徴的な役割を終えたとされていたが、今なお謝さんの手元で活躍している。


さらに、バラの花びらから抽出した香り高いジュースを入れるための青銅壺と、糕粑をすくい取るための天蓋(てんがい)という道具も存在したが、これらは文化大革命の混乱の中で破壊されてしまった。


謝おじさんは14歳のときから糕粑稀飯作りを学び始め、以来、数十年にわたってその技を磨いてきた。彼の家系によるこの製法は、すでに120年の歴史を誇り、今では青岩地域を代表する伝統美食の一つとなっている。現代の市場経済にあっても、謝(シエ)さんは支店展開やフランチャイズ化には一切応じず、あくまで自店の味と技を守り続けている。



謝(シエ)氏よりご来店のお客様へのお願い


一、本店は予約制ではございません。毎日ご用意できる数量には限りがあり、売り切れ次第、営業を終了いたします。ご了承ください。


二、都合により、毎日営業できるとは限りませんが、臨時休業はごく稀です。


三、店内の座席数は限られております。お食事後は次のお客様のため、長時間のご滞在はご遠慮ください。


四、祝祭日は混雑が予想されます。お並びいただくことをご了承ください。


五、店内は狭いため、出入りの際にご不便をおかけする場合がございます。


六、店舗は木造建築のため、火気の使用は厳禁です。安全のためご協力をお願いいたします。


七、甘さが気になるお客様は、砂糖の量を控えめにすることが可能です。ご注文の際にお申し付けください。


八、飲食物の持ち込みはご遠慮ください。店内スペースが限られており、他のお客様へのご迷惑となります。


なお、「百年糕粑稀飯」は、当店が唯一の店舗です。支店等は一切ございません。店舗の所在地は、青岩古鎮・西明清街41号となっております。


◆百年糕粑稀飯

住所:青岩古鎮西明清街41号

※青岩古鎮西門の観光チケット売り場の斜め向かい


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