民族祭り

長角苗族「跳花坡」祭り

2021-02-16

翻訳:郭 沢雄

修正:宮澤 詩帆

指導:王 暁梅、楊 梅竹

監修:姚 武強


長角苗族「跳花坡」祭りは跳花節とも呼ばれ、長角苗が祖先を偲ぶ重要な祭祀である同時に、長角苗の未婚の若者たちが芦笙で自分の愛を伝え、意中の人を探すバレンタインデーでも言える。長角苗の間の最も盛大な祝日の一つである。清朝康熙以前中国貴州省で盛んに行われ、現在も続いている。苗族の跳花に関する文献はかなり多く、明朝弘治の『貴州図経新志』の東苗と西苗巻で、「其俗婚娶,男女相聚歌舞,名为跳月。情意相悦者为婚」と記されている。清朝の愛必達は『黔南識略』の巻二で、「花苗…孟春合男女于野,谓之跳月。择平壤为月场,植冬青树一束于地上,缀以野花名曰花树。男女皆艳服,吹笙踏歌跳舞,绕树三匝曰跳花,跳毕女视所欢,或巾或带与相易,谓之换带,然后通媒妁,议聘资,以妍媸为盈缩。」と書いている。今でもこの祭り(行事)民間に存続し、参加人数は数十人から最高数千人まで、跳月とも呼ばれている。跳花は跳月や跳場、跳芦笙などいろいろな名称があり、苗語では「オード」と呼び、花樹を取り囲んで楽しく踊るという意味である。貴州苗族の農業を条件とし、農耕文化を特色とし、伝統的な巫文化体系を意味支柱とする最も代表的な民俗祝日である。苗族地区では苗族人は「跳花をしなければ、男女も所帯を持ちがたい」「苗族人は跳花をしなければ、稲は花粉が散らない」という説がある。


跳花坡1.png

写真By:六枝融媒


昔々、武陵山地に住んでいた苗族の祖先は山に隔てられ、居住地は比較的に分散して、互いの交流もかなり不便であった。このような状況の下で、苗族の祖先は自分の知恵を活かして、天災人災と戦った結果、自然を克服し、自分も打ち勝って、最後この土地で領土を開拓し、家を建設した。そして、苗族人民は他の民族とは違う文化伝統を形成した。現在の跳花節が苗族人民は雷公山包囲突破勝利を記念し、あの時の勇敢的に戦闘した場面を再現し、勝利を祝い、繁栄を祈るために伝わってくる団欒の祝日である。


跳花坡9.jpg

写真By:六枝融媒


跳花節に関する伝説や物語の内容はたくさんあり、若い男女の間の感動的な愛情、祖先に後代の繁栄を庇うよう祈るもの、逝去した肉親の魂への追憶、上古の蚩尤大神を祀る物語などがある。

長い年月を経てそれら様々な由来は融合し、現在では、特に若い男女にとって、この集まりは彼らが互いに知り合って、関係を深める最も良い機会であり、苗族の若者たちが自由に恋愛する最も良い場所である。


跳花坡2.jpg

写真By:六枝融媒


山奥の原始林で暮らしているある苗族の老人の口頭伝承によると、戦争のため、苗王が軍隊に追われ、終に取り囲まれた。窮地に陥った苗王は数人の力持ちの若い男性を選んで、彼らに包囲を突破し、別の苗族部落に行って援軍を求めるように命令した。その時代は山奥で暮らしたので、野獣が出没する危険と共に暮らしていた。野獣に傷つけられないように、若者たちは自分の芦笙(※中国西南のミャオ族・トン族など少数民族の竹製管楽器、笙(しょう)の一種。)や三目簫を背負って、野獣の吠えを聞いたら、芦笙や三目蕭を吹いて、野獣を怖がら、自分たちから遠ざけた。若い男性は、どの苗族の寨に行っても、懇ろなもてなしを受けられる。若い女の子たちは甘い酒をもって若者たちを迎え、若者が別の村に援軍を求めるに行かなければならない時に、女の子たちも感動的な苗族歌を歌い、優美なダンスを踊って、若者たちを見送り、これによって若者たちに精神的な支えをあげると共に、彼らに対する愛恋を伝える。これは箐苗の跳花坡起源説の一つである。


跳花坡3.png

写真By:六枝融媒


場所:長角苗の跳花会は跳花場と呼ばれる空き地で行われる。この空き地は三面に坂に囲まれ、直径はおよそ二百メートルで、隴寨の近くに位置している。かつては農作物も植えなく、ただの荒地だったが、現在では周囲に松が高く聳えている。村の老人が亡くなった後、打嘎儀式を行う場所でもある。毎年の旧暦一月十日に、梭の十二の寨の老若男女はここにやってきて、楽しく祝日を過ごす。多くの観光客や学者も次々と名を慕って遥々から来て、祭りは大いに盛り上がる。跳花節は若い男女が互いに感情を深める活動だけでなく、十二の寨の苗族同胞が交流し合い、交際し合う重要な場所でもある。


跳花坡5.png

写真By:六枝融媒


準備と内容:旧暦一月一日から、十二の寨の若い男女は寨と寨の間での別の寨へ遊びに行くという走寨と呼ばれる活動を始めます。女の子は家で待ち、男の子は連れ立って、本寨から順に別の寨を訪ね、自分の意中の人を探す。老人の口頭伝承によると、四、五十年前、長角苗の男の子たちは頭に木製の角をかぶっていたということである。新しい服装を着て、夜の寒さを防ぐために、上着を着ることもあります。他には芦笙や口弦琴、三目蕭など自分が長じる民族楽器を持って、走寨を始めます。習俗によると、走寨は昼過ぎから始まり、夕暮れになった頃に女の子の家に到達します。到着が夜になることもあるそうです。一方、女の子たちはすでに蝋染めや刺繍など多くの工程を経て縫い上げられた鮮やかな民族服装を着て、木製の長い角をかぶり、首飾りやスカーフをつけて、頭から足まで真新しい衣装で着飾ります。彼女たちは寨を出ず、同じ寨の数人あるいは十数人の女の子を誘って自分の家や隣の仲間の家で火炉を燃やして男たちの到来を迎えます。旧暦一月四日から十四日まで男たちは走寨をして女たちと歌垣をしなければならない。昼では山坂で歌垣をし、夜になると男は女の家の入り口に行って、歌垣の試合をし、男が勝ったら女はドアを開けて入ることを許す。もし男が負けたら、男は馬の鞍を背負い、唐辛子を舐めるなどの罰を受けなければならない。家に入ってから、まず家の老人にぬかずき、老人も男と挨拶をし、その後酒宴を催して一緒に酒を飲む。終わった後歌垣を続けて、二、三日間の歌垣を経って、男女両方は互いに好感を抱くようになってから、男は女の家に五、六日住むことができるようになる。


跳花坡6.jpg

写真By:六枝融媒


跳花節の期間中、若い男女は近くの山坂でアシ笙を吹き、歌垣を楽しむ。もし男がどうしても歌垣の上で女に勝てないなら、別の寨に行って援軍を求めることができる。昼間で若い男女は山坂で歌垣をし、夜になるとクルミの木の下で月をめで、歌垣をする。相手のことが好きになったら、互いに愛のしるしとしての刺繍をしたきんちゃくや花を帯びた草鞋を贈るのである。

跳花は昔からの習慣で昼食後に行われる。寨と寨の間の道は歩きにくいし、一部の村も跳花場とはかなり距離があるので、昼食後という時間に定められたのも他の寨の人が間に合うためである。夜明けに近い早朝の頃、寨の人々はすでに準備を始める。花樹を植えることは一番大切であり、花樹は美麗や吉祥を表している。お年寄りは後代が花樹のように幸せに生活していくように願う。花樹は茂った杉で作られており、高さはおよそ三メートルから四メートルで、木の皮が剥かれて、ペンキを塗って、非常に丈夫でつるつるに見える。花樹の高いところに一枚の赤い布切れがぶら下がり、他の枝や幹に赤い紐線がいっぱいにかかっている。(昔は枝の上でかかっているのは爆竹や赤い布切れ、飴、たくさんの甘い食べ物だそうである)


跳花坡5.png

写真By:六枝融媒


花樹を植えた後、十二の寨の人々が大体揃ったら、みんなはアシ笙を吹き、花樹を取り囲んで踊り始めるのである。アシ笙の声が響き渡ってから、一応ところを譲って、十二の寨が次々とアシ笙を奏で、全部終わった後、出し物をする寨もある。終わった後、次は花樹を送り出す。昔、結婚した後、四十歳以上になっても子供も生まない人は、花樹を獲得することができるそうである。

跳花が終了した後、人々は樹の赤い紐線を集め始め、この紐線を自分の子供に締めたら、子供がおとなしくなるという説がある。跳花節は長角苗の一年で最も盛大な祝日であり、このうち若い男女たちが山坂で歌垣をしたことで、互いに好感を抱いたら、今後定期市で会う時に、男性は自分の愛を伝えるために自発的に女性にもちを買い、あるいは何かを買って贈ることが必要である。

夜になると、カップルになった若者たちがある人の家で集まって夜明けまで歌い、雑談し続ける。旧暦一月十日は跳花節のクライマックスであり、恋愛中の男女は花場における花樹を取り囲んでぐるぐると何回か回さないと、恋愛が成就しないのである。


跳花坡8.png

写真By:六枝融媒


何年もわたって伝わってきた長角苗の跳花節は豊かな長角苗の文化生活を示す共に、この民族の親切心あふれた、人懐こい性格を体現している。十日間の祭事によって、各寨の交流も頻繁になって、長角苗たちの団結力は強まる。一方、これも長角苗の未婚の若者たちが恋を語る良い日である。かつてはあまり経済的にゆとりがなかったので、跳花節は定期的に行われてはいなかった。1992年以来、省・市・特区に重視され、支持を得た上で、跳花節もますます盛大になっている。箐苗だけでなく、ほかの民族も一緒に参加するようになってきた。民族特色に富む芦笙踊りや長角苗による団結踊りなど多くのメディアと国内外の観光客を引き付けている。


跳花坡7.jpg

写真By:六枝融媒


時間:跳花節は旧暦の一月四日から十四日までの十日間に行われ、最も盛大なのは十日の跳花坡日である。この日では、十二の寨の長角苗人は本民族の新しくて美しい服装を着て、各方面からグループになって跳花場で集まる。苗族の男は芦笙の舞曲を吹き、苗族の女は自然に円形や半円形に並べて、花場の中央にある花樹を取り囲んで軽快に踊り始める。この盛大な祝日で、長角苗の男女は跳花を通じ、芦笙を媒酌とし、互いに歌垣をして、自由に恋愛する。跳花場で、もともと未婚の苗族の若者も良縁に恵まれるための場でもあった。